葛飾区には、区内の全保育園と幼稚園、そして小学校が参加する『幼保小連携協議会』があります。就学への『段階的な移行』や『培ってほしい力』などを話し合い、実践する場です。私は2016年から2018年までの3年間、そこに携わってきました。
その中で、様々な小学校の教諭や校長、そして区内の保育園や幼稚園の教諭、保育士、園長と意見交換を重ねてきました。今回はその経験も踏まえて、就学に向けて大切にするべきポイントをお伝えします。
あわせて、保護者の皆様からよくいただくご質問にも、まとめてお答えしていきます。
様々な立場の方と話し合う中で見えてきた、大切にするべきポイントは次の3つです。
①基本的生活習慣
②主体性
③思いやり
先に結論をお伝えしておくと、皆さんが気にされている「文字の読み書き」「数字の読み書き」「席に座ること」「集団行動への参加」については、これまで小学校側から求められたことは一度もありません。教諭たちは1年生のことをよく理解しています。
ここからは、3つのポイントをそれぞれ見ていきます。
『基本的生活習慣』には様々な要素がありますが、簡単に言うと『自分の身の回りのことは自分でやる』です。
なぜ生活習慣があげられるかというと、学校生活の基礎だからです。教科書の準備から片付け、排泄、着替え、水分補給、給食、時間の管理など、大人の目が届かないところでの活動が増えます。勉強は教諭がわかりやすく伝えてくれるので、子どもに意欲や主体性があれば学んでいきます。生活習慣でつまずくと、後々勉強への意欲にも影響がある。1年生の担当の先生がそうおっしゃっていたことを、今でも覚えています。
ここで大切なのは、子どもが自ら気づき、行うということです。
そのためには、なぜ必要なことなのかを理解しなければなりません。これは大人の指示や命令、叱るという行為では、本来の伝えたいこと(なぜ必要なのか)が伝わりにくいのです。
『子どもの失敗はいい経験』と私たち大人は再認識し、次の行動を一緒に考えていくことが大切です。
【事例1:水筒を忘れる】
よくある事例ですが、忘れる理由は様々です。その理由は何か、子どもと話し合うことが必要だと考えています。理由を大人が理解し、どうすれば忘れないようになるのかを子どもと考えていくことが大切です。この一つひとつの対話の先に、『自分の物を管理する力』『物を大切にする気持ち』が育っていくと考えています。
その他にも、次のようなことが基本的生活習慣に含まれます。
・早寝早起き(学習への意欲、集中度に差が出ます。また夜更かしは成長ホルモンの分泌に影響します)
・朝食を食べる(授業への意欲、集中度に差が出ます)
・衣服の調整(暑い寒いに応じて調整する)
・排泄の処理(拭き方や流すこと、その後の手洗いなど)
・身辺の清潔(手洗い、うがい、鼻かみ、汚れたら着替えるなど)
・持ち物の管理(事例1をご覧ください)
・食事の作法
・時間の管理
園では『基本的生活習慣』を見直すにあたり、子どもたちには自己責任のもと、主体的(自由)な生活を営んでもらっています。自由には責任が伴い、今まで以上にシビアな生活を送っています。
現在、子どもたちは保育士に言われなければ気づかない、やらないことも多いです。だからこそ、この生活環境のなかで失敗を繰り返しながら、話し合うことで見直すことが必要だと考えています。
私たちは子どもと一緒に考え、話し合っていきます。家庭でも子どもと一緒に考えることを、これからも続けていただけたらと思います。
なお、生活習慣には個人差がありますので、気になる方は個別にご相談ください。こちらからも、気になったことや必要なことはお声をかけさせていただきます。
『主体性』の意味は、自分で考え、自分で決めることです。勉強や小学校生活、基本的生活習慣に対してなど、全てにおいて必要になります。
就学する前の子どもたちには、基本的に新しいことを学ぼうとする意欲が見られます。しかし、上級生になるにつれてその意欲が保たれるかは別の話です。様々な要因でその意欲が少しずつ失われていくのが大多数である、と教諭の方からお聞きしました。
また、主体性や意欲は内面的なもので一人ひとり違い、見えづらい部分です。
ここで注意しなければならないのは、「小学生になるんだから」「小学校へ行けないよ」「あの子はやってるよ」などのプレッシャーを与えて、大人の言うことをきかせることです。
これでは、意欲の低下どころの話ではありません。『自分はダメな子なんだ』と、自己肯定感さえ失われてしまうかもしれません。また、他人と比べることは、その子の存在を否定することにつながります。
では、『主体性』や『意欲』はどのように培われるのでしょうか。
答えは、やりたいことをとことんやってみる体験(失敗も成功も含めて)です。
【やりたいことをやる時の、子どもの心の中】
情緒の安定
→ 集中
→ 失敗の度に考える(失敗をいい経験と捉える)
→ もっとこうしてみよう(創造力や発想力)
→ 成功すると自己肯定感が高まる
→ 次への意欲に(知りたい・もっとやってみたい)
園庭で捕まえたダンゴ虫を飼いたいと話すSさん。ダンゴ虫の絵本を紹介すると、「読んで!」と即答。絵本を読むと、足りないものが土と枯れ葉だとわかり、園のどこにあるかを考えました。
S 「砂しかないよね~」
保育士 「園庭のつき山って砂じゃないよね~」
S 「土かも! とりにいってきて!」
Y 「わかった!」
そして園長に確認し、土をゲットしました。一つの目的に向かって協力し合う姿が、自然と生まれています。
枯れ葉もみつけ、ダンゴ虫の家ができあがると達成感があり、もっと知ろうと図鑑を読む子が増えました。しかし次の日、虫かご水浸し事件や、触りすぎてダンゴ虫全滅事件などが起こります。(この時は、『あんまりさわらないでね』という張り紙をSさんがしていました。)
保育園での日常のあそびが、アクティブラーニングとなり、対話により原因を探り、対策を考え、実行する。この体験が主体性や意欲につながっていくと考えています。
今までの保育士主導で何かをやらせる、教え込むことでは、この主体性は育ちにくいと言われており、実際に大人の指示を待つ子どもが増えています。そんな子どもたちが社会人になった時……現在も解決できない課題が山積みにある中で、AIと共存しながら人間として生きていくのです。
【事例3】
A 「あ~、あのときはよかったな~」
保育士 「あのときって?」
A 「きりんぐみのとき」
保育士 「どうして?」
A 「やることがきまってたから~」
就学前の大切な時期だからこそ、現らいおん組の子どもたちには、この主体的な生活とあそびを確保したいと考えています。そして、指示を待つだけではなく『自分で考え、決断する』この力を大切にしてもらいたいと願っています。
虫かごをのぞきこむ子どもたち
最後は『思いやり』です。生活していく上でその必要性は理解されていると思いますので、説明は割愛します。
思いやりが育つうえで大切なことは、次の3つではないでしょうか。(他にも様々な要因はあると思います)
・自分の想いを大切にしてもらっていること
・大人を模範としていること
・自分を大切にしていること
自分を大切にできない人が、他者を大切にできるのでしょうか。
優しくされた経験がない人に、「優しくしなさい」という言葉は伝わるのでしょうか。
自分の想いを聴いてもらえなかった人が、相手の想いを聴きわかろうとするでしょうか。
子どもの近くで思いやりを体現できるのは、誰でしょうか。
子どもは体で覚えます(体験や経験)。『思いやり』は知識では身につけることができないことです。だからこそ、日々の様々な体験が必要であると考えています。
その体験をもたらすものとして、園では異年齢児保育を行い、そして保育士が模範を示すことを大切にしています。
ここまでの3つのポイントは、基本的なことですがとても大切です。そして全てに共通しているのが、『自己肯定感』です。
ここからは、小学校側で起きている変化についてお伝えします。
【新しい時代の教育】
全国の小学校では、学習指導要領(日本の教育方針)が2020年度から改訂されました。『従来のような教科書と黒板を使った授業のやり方を大きく変え、なるべく子どもが主体となるような学びに変えていってほしい』という背景があります。
つまり、今までの教育では限界があり、複雑で困難な問題を抱えた21世紀を担う人材が育たない、という認識があるのです。
【アクティブラーニング】
小学校では『総合的な学習の時間』と位置付けられ、アクティブラーニングによる主体的・対話的な深い学びの時間があります。正解のない課題についてみんなで考え、話し合い、適切解を導き出す活動です。
現在、園で取り組んでいる『らいおん会』は、まさにアクティブラーニングです。また、先ほど事例2で紹介したダンゴ虫を飼うことも、アクティブラーニングです。子どもたちが活動を選択し、あそびの時間を十分に確保することで、あそびはアクティブラーニングになり、より深い学びにつながっていると言えます。
【保育所保育指針の改訂】
時代に合わせて、次世代の子どもたちにどんな保育を提供していくのか。国が定める指針も改訂されました。そこでは非認知能力と呼ばれる、自尊心や目標持続力、社交性などの力を身につけることが、将来の生活や仕事における成功に貢献するということもわかってきました。
この非認知能力を身につけるには、乳幼児期からの人との関わりの質が重要であると言われています。教えられて覚えるものではなく、自分の気持ちが大切にされていると実感することで豊かになっていきます。
ここからは、保護者の皆様からよくいただくご質問にお答えしていきます。
子どもの好きなようにさせたところで、子どもが傍若無人に振る舞うようになるわけではありません。
集団生活をつんでいますから、それなりの規律や配慮というのが必要だということは、子ども自身もわかっている。わからない子には教えてあげる。人間は集団で生活をしている限りは、枠というものを考えて行動する社会的動物なので、放っておいたらどんどんわがままになる、というのは大きな誤解です。(汐見稔幸)
なお、年長児だけの活動や時間、一斉の活動については、これからも設けていきます。
メリハリやけじめについて、2つの考え方をお伝えします。
【A.時間の管理を行うのは子どもです】
『見通しをもつ』『自分で考え自分で決める』『気持ちの整理』など、時間の管理を子どもが行うにはどんな援助が必要かを考えました。
・時間にゆとり(幅)をもつこと
・目で見てわかる仕組み作り
・一人ひとりの生活リズムに合わせていくこと
タイムスケジュール管理をする主体は子どもであるべきと考えた時に、あそびの時間を十分に設け、食事の時間に幅をもたせ、自分であそびをはじめ、終わることができるようにしました。
数字や時計の読み方はまだわからない子が多いので、目で見てわかりやすいように、旗や色で知らせていければと思います。子どもが自ら見通しをもって活動し、時間の間隔や決まりを守ることができたら、既存のルールで生活することは難しいことではないでしょう。
各家庭の生活リズムや登園時間の違い、朝食の有無、排尿間隔の違いなど、一人ひとりを大切にするためには、この時間割はあくまで目安であり、3歳児~5歳児でも個々に合わせる大切さに気がつきました。
【B.大人が模範となりましょう】
『おはようございます』『いただきます』『ごちそうさま』など、節目での挨拶は大切だと思います。
保育園では私たちが手本となります。家庭では皆さんが模範となり、率先して行いましょう。大人同士で『ありがとう』や『ごめん』も言えたらいいですね。身近な模範となる人(ヒーロー)が、子どもには必要だと思います。
我慢や忍耐は日本人が美徳とし、現在も精神論的な文化は根強いです。私も不必要とは思いませんが、行き過ぎるとよくない結果になると考えています。(社会状況をみると)
以前は『忍耐力』を育てるには、鬼教官、修行、根性論など……無理やりにでもやらせることが大切だと考えられていました。
現在は、自己肯定感です。心理学や子どもの研究が進み、自分のことが好きで、自分に自信がある(余裕がある)、自分の想いを尊重された子ほど、わがままを言わなくなるという効果が確認されています。
大人の自分自身で考えてみると、自分に余裕がないときに我慢できるでしょうか。自分に自信があり、余裕があるからこそ、他者や違う考え方を受け入れやすい心理状況になります。
自己肯定感を高めるには、子どもの気持ちに共感し認めることです。たまに子どもの気持ちが、社会ルールや集団生活から離れていると思うことがあれば、共感して相談です。
【事例4】
らいおん会を進めている中で、当番活動について何をやるか話し合っていると……
Y君 「やりたくない」と発言。
保育士 「そうなんだね」と受け止めてから理由を尋ねましたが、答えません。
S君 「恥ずかしいからだよ」と、いつも一緒のY君の気持ちを代弁してくれました。
その話を保護者にすると、最初はみんなと一緒にしてもらいたい想いがあり戸惑っていましたが、Y君の気持ちを受け止めた上で相談したようです。すると次の日には、
Y君 「やっぱりやる~」
とのこと。「やりたくない」この思いも受け止め、子どもと相談していなかったら、Y君は前向きに考えてくれたのでしょうか。保護者の方のフォローが光る事例でした。
保育園で座って話をきく機会が少なくなったと、不安に感じている方もいると思います。小学校の授業風景を考えると、その想いもわかります。
園では現在、5歳児だけの時間を30分~1時間設けています(朝の3、4歳児が午睡中の時間帯です)。これからも、作業や散歩など、年長児だけの時間を作っていきます。
そのうえで、小学校側の実際についてお伝えします。
現在、新1年生は、はじめの1週間くらいは1時限目で帰宅することになっているそうです。その授業中でも40分間座り続けるのではなく、あそびを導入し、立って体を動かす機会を作るなど工夫がなされ、授業をうける心構えを整えています。
それらを踏まえた上で、1時限40分の授業を受けるにあたって必要な力は、3つだと考えます。
A.姿勢の維持
椅子に継続して座っているためには、まずは腹筋や背筋などの体幹の筋力が必要です。ここが未熟だと、姿勢を維持することが難しくなります。
B.集中力
話を聴いたり、授業を理解したり、書いたりするには必要不可欠です。
C.興味をもって聴く
集中力と似ていますが、相手の話に興味をもち意欲的にきくことで、授業の理解が深まります。
ここで大切な考え方は、『話を聴く子どもの意識』です。つまりBとCが重要だということです。座っているだけで話に興味がない、理解ができないという状況にはなってほしくないのです。
現在取り組んでいる『らいおん会(ミーティング)』では、園児の日常生活、あそびに関しての話し合いを行っています。ごく身近な課題です。だからこそ当事者としての意識をもって参加しています。その積み重ねが、『話を聴く子どもの意識』につながると考えています。
最後に、感情の話をさせてください。
人間が何かのスキルを身につけるとき、それを「やりたい」というポジティブな感情が伴うと、そこで身につけたスキルは簡単に消えない、ということが科学的にわかっています。簡単に説明すると、脳の中に感情と操作をつなぐ複雑な回路ができるという仕組みです。
先生や大人から言われて、あまりやりたくないのに何かを頑張ってできるようになったとしても、脳の中の回路としては深いものができないから、しばらくするとまたできなくなってしまう。
「これができるようになりたい」という気持ちを伴ってやるほうが、その子の心身に後々まで残るようなスキルになりやすい。だからやっぱり、子どもには自分で選ばせた方がいいということです。(汐見稔幸)
就学は大きな節目です。不安に思われることも多いと思いますので、気になることがあれば、いつでも個別にご相談ください。
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